2004年12月21日

私の禁煙ストーリー

私の場合、禁煙当初は、「お調子者」と「好奇心」と「観察」というキーワードが当て嵌まる。禁煙日記を付けろという指導に対し、新しくサイトを立ち上げて日記を書いた。少しでも誰かに見て欲しくて自分で宣伝して回り、その日記を面白おかしく伝えたくて、自分の禁煙を客観的に観察したのだ。

不思議なほど辛くはなかった。禁煙日記には最低1年の記録を書き留めておきたかったので、早々に投げ出すわけにもいかず、見事にお調子者が功を奏した格好だ。これも信じられかも知れないが、私は、日記を1週間と書いた事がない筆不精でもあったのだ。ただ、あれが日記と呼べるかどうかは、悩ましいのだが。

禁煙生活も1ヶ月に成ると毛色の変った身体の変化や症状もなくなり、倦怠期といわれる間延びした日々を過ごす事に嫌気を覚え、ネタ作りにタバコを吸う事を画策したりもしたが、あまりにも反応がないので自粛した。この頃には、禁煙を成功したという自負も芽生えてきて、自分なりの禁煙方法を具現化したという思い上がりもあった。

2ヶ月を過ぎた頃、割りと方々で評判の良かった『禁煙セラピー』なる禁煙本を購入し彼女にプレゼントした。大まかな内容は知っていたが、詳しくは知らずに渡した本に私が目を通したのは、彼女が禁煙を始めてからだった。しかし、計らずも私の禁煙方法が類似していた事に驚かされた。

私は調子に乗っている内に、事ある毎に禁煙は出来ると思い込むようにした。タバコを吸わなくても七転八倒することもないし、逆に、ご飯は美味しく頂けるし体調は良くなるしで、タバコを吸う理由がなかったのだ。洗脳という言葉は大袈裟だが、タバコに対する価値観の変化といった方が理解して頂けるだろうか。

以前のタバコに対して抱いていた価値観や観念的なものも含めて、虚構だったのだと自分の中で受け入れる事が出来た時、肩の荷は軽くなり背中を押してくれたような感覚を経験するのだ。これが実質的なタバコからの解放であろう。

いくら我慢強いからと禁煙期間を重ねても、この価値観の変化なしにはタバコからの解放はない。いつも言うように我慢には限界があるからだ。もしも、頑張る方向を間違うと、辛い日々の後に惨めな姿に逆戻りという、最悪な結果が待っているのだ。

幸いにして道を誤ることなく、タバコの奴隷から解放された私に出来る事があるなら、それは、この経験を通じて後進に伝える事くらいだ。見習うか理解するかどうかは、それぞれの受け手に委ねられるところだからだ。あとは健闘を祈ろう。

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» 2005-01-16

  • 2005年01月16日 23:23
  • from 禁煙するモルモット

yocomicはいつになったら禁煙を始めるのか。考えてるうちは禁煙などできまい。まず禁煙して、それからどう続けるかという企画にしなさいっ 1/15 0.25*... [続きを読む]

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