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2003年04月08日

反戦運動

反戦について書かなくては、もう戦争が終わりそうである。

開戦前から反戦運動が盛り上がっていたように記憶しているが、少なからず危惧していることがあるので書いてみたい。

まず戦争と平和のどちらを選ぶかと問われれば、大多数の人が「平和」と答えるだろう。愚問以外の何物でもない。しかし、反戦運動家にとっては、欠かす事の出来ない質問なのである。

戦争とは、悲惨で一般市民も多く傷つき憎しみしか生まれないと、反戦運動家達は情緒的に説いて煽動する。とりわけ罪もない女性や子供の死傷者は、格好の宣伝材料になるらしく、繰返しその手のメディアで放送されていた。

もちろん我が国では、反戦運動をする自由がある。言論の自由もある。だが、何を言っているか耳を傾けておかないと、知らぬ間に片棒を担ぎ、在らぬ方向に引きずり込まれる可能性があることも忘れてはならない。

一方的にアメリカを悪者に仕立て上げたり、ドサクサに紛れて北朝鮮問題を持ち出したり、紛争の当事国がアメリカ以外だと無視したりする団体は、イラク市民に被害が出る戦争を止めるのが目的ではなく、その戦争を利用しているだけなのである。

一風変った「おしゃれな」とか「若者」を売り物にした反戦運動を主催する団体は、参加者を増やすために日々努力を惜しまないと言う事であり、それほど、プロ意識があるとも言えるので、気をつけてもらいたいものである。

個人的に世界の平和を望み、何か行動をしようとする事は素晴らしい事だと思うが、実際に、目的を達成させる事に主眼を置けば、大勢で練り歩くよりも、集会場所までの交通費や食事代をイラクの復興基金や内戦で苦しむアフリカの難民に募金する方が、多くの人が救われるのではないだろうか。

あと芸能人が平和主義的な発言をするのは、その方が好感度が下がる事はないし、国際情勢や政治的なことを聞かれても困るので、情緒的に物事を処理するためなので、気にする事はない思われる。

余談になるが、本気で人間の盾をやっている人は、激しく自意識過剰の人種差別主義者か著しい妄想癖であると言えるのではないだろうか。但し、ジャーナリストと売名行為が、人間の盾の大勢を占めているようなので、そんな人は存在しない恐れもありそうである。

余談の余談。個人的には、こんな反戦運動?は大好きです。

投稿者 Tsunebomb : 2003年04月08日 01:31

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