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2003年07月29日
ガチンコ最終回
悲しい日がやってきた。本日、ガチンコ(TBS系よる9時)が最終回なのである。
ガチンコファイトクラブのファンだっただけに残念である。どこまでがホントでどこからがウソなのだろうかととても悩ましい番組であった。
人それぞれテレビの楽しみ方は違うものだが、そんな中、総務省が「テレビの見方」教材を小学生向けに貸し出しを始めたらしい。なんでも虚構と現実の違いを見分ける力を養い、少年犯罪の防止などに役立てるのが狙いらしい。それに情報をうのみにせず、そこに盛り込まれている価値観や社会的な意味合いを批判的に読み解く能力 “メディアリテラシー”教育を欧米のように盛んにしようという事らしい。
ここで前提になる「テレビでやっていたからホント!」っていう嘘をいったい誰が広めたかを追及しても仕方がないので、軽くスルーさせてもらうが、多くの人がこのフレーズを今までに聞いた事があると思う。
例えば、ミスターマリックさんは、超能力者じゃなく一流の手品師だし、川口浩探検隊は、川口浩より先にテレビクルーが前人未到といわれる場所に踏み込んで、川口浩を待ち構えて撮影しなければならないのである。
だが、バラエティー番組が面白可笑しく視聴者を喜ばせたり視聴率稼ぎの為に多少の作り事をする分には、なにも目くじらを立てて糾弾する事はないと思うが、報道番組が何かの意図を持たせたり隠したりした作為的な放送をすることは許し難いのである。
報道番組で物事を簡潔にまとめているであろうVTRには、一番注意が必要である。製作者側が伝えたいモノだけをBGMやテロップなどで誇張し、インタビューは都合の良いところだけを使い都合の悪い事実は隠蔽し、真実を捻じ曲げて印象操作をすることがある。
この報道姿勢こそが最大の問題である。昨今、日本の歴史教科書や従軍慰安婦が一部のマスメディアによって問題にされているが、これを問題にする方の側に根本的な問題があるのであり、往々にして、こう云うメディアに限って拉致はなかったと主張していたと記憶している。
長くなってしまったが、ニュースと呼べない番組にニュースと付けない欲しい。視聴者が一歩下がって見れるよう「朝日の部屋」とか「哲也のへや」に改名したらどうだろうか。どうもガチンコが最終回と云う事で、少々、荒れてしまったが許せ。
投稿者 Tsunebomb : 2003年07月29日 01:43
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